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2018/08/05

8/5巻頭言「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」

 今年の幼小科夏期キャンプの主題聖句は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマ12章15節)であった。これは、ことばとしては、明確で、簡単なようだが、なかなか奥が深い。
 学生時代読んでいたある牧師の聖書注解書にこのようなことが書いてあった。―人は嫉妬深く「喜んでいる人」を見ると妬む。それに比べると泣く人と共に泣いている人はいるが、実は「自分は心優しい人間」だとアピールしているに過ぎない。だから、この言葉は実に困難だ―少々「ひねくれ過ぎ」の解釈のようにも思うが、当時はドキッとさせられたのを覚えている。
 確かに、この言葉の困難さを私たちはしばしば体験する。先日の西日本豪雨。線状降水帯と呼ばれる帯状の雨雲が一定の地域に停滞し、長時間大量の雨を降らせた。当初北九州は、まさにその真下にいた。土砂崩れが起こり、板櫃川は氾濫した。予報では、その後2日間雨が続くとされていた。これ以上降ったらどんなことになるのだろうと誰しもが心配した。しかし、翌日、線状降水帯は南下した。正直ホッとし、雨が止んだことを喜んだ。しかし、その後、北九州で起こった被害の何倍もの被害が愛媛、広島、岡山などで起こり、死者は200人を超えた。多くの人が涙した。決して、泣いている人の事を喜んでいたのではない。ただ、自分のところから「降水帯」が移動したことを喜んだのだ。しかし、結果、泣いている人の傍らで、私たちは喜んでいたのだ。
 沖縄の翁長知事が辺野古の埋め立て許可を取り消すことを決定した。普天間飛行場が危険であることは周知の事実だ。基地周辺の学校は、飛行機やヘリが上空に来る度に運動場から屋内に退避しているという。先日ヘリの窓枠が小学校に落下したことに因る。そんな危険な基地が自分たちの町から無くなることは、住民にとって喜ばしい。しかし、その厄介を押し付けられる辺野古は泣いている。辺野古に基地をつくることが、沖縄県民を「喜ぶ者」と「泣く者」に分断する。
 一方、私たち「ヤマト」はと言うと「自分たちには関係ない」と、喜ぶことも、泣くこともしない。私たちは、沖縄との間に分断線を引くことで、共に喜ぶことも、共に泣くこともできなくなった。それは、人としての本質的な感情を無くしてしまったことを意味する。そんな沖縄の現実に対し「東京に米軍基地を!」という運動をしている人々がいる。皮肉の効いた運動だが、それでいいか。沖縄で平和運動をされている石原さん(息子がお世話になった方)が、「私たちは、そんなことは望んでいない。私たちが望むことは、基地が無くなることだ」と仰っていた。そうだと思う。「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」の難しさは、私たちのそんな分断の現実をあぶり出す。
 この言葉の先には、祈りが無くてはならないと思う。分断を凌駕する祈りが。それは「すべての人が喜ぶ日が来ますように」という祈り。あるいは「不条理を押し付けられ、分断を強いられて泣く人がいなくなりますように」との祈りだ。この普遍的な祈りを握りしめ、共に喜び、共に泣きたいと思う。

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