2025/11/30
11/30巻頭言「希望とは何か⑧―生の絶対的価値 その③ 不可解性への耐性 その①」
「可変性」を前提とした自立支援施設では、相談を受け、個別計画を立て、実施する。その眼差しは「先」にある。半年後、一年後のその人を想定した話し合いが進む。
「いのちの家」は、今を生きる場所。つらい状態にある人がこの日一日を生きるために過ごす家。明日のことは考えられない。まして半年後の自分を想像するのもつらい。だから相談や自立のためのプログラムではなく「今日」このひと時を過ごす場が必要なのだ。自立相談所が「強目的的な場所」であるのなら、「いのちの家」は「弱目的的な場所」だ。
訪れた人にあたたかいお茶を出そう。お菓子もあればいい。食材が入れば料理など一緒にして食べればいい。できればお風呂が欲しい。シャワーだけでもいい。さっぱりして、着替えも準備する。時には散髪も。就職のための身だしなみではない。自分らしく今日を生きるためにカッコよくなる。そして、「その日」が来れば自立支援センター北九州に入れば良い。
残念ながら「いのちの家」は実現しなかった。あれから20年の時が流れた。この間、炊き出し場所では「星空カフェ」が始まっていた。お弁当や着替えなどの配布、相談などの後、当事者もボランティアもなく一緒にお茶を飲む。とても短い時間だが「いのち」をテーマにしたひと時だと思う。細々とした道だったが、ようやく「いのちの家」は「希望のまち」へと帰結していく。あの時の緊張感を保持しつつ、いよいよ始まる。
④希望とは何か―不可解性への耐性
そもそも「希望とはこれだ」と明確に答えることが出来る人はどれだけおられるだろうか。「可変性への信頼」にせよ、「生の絶対的価値」にせよ、それは希望と向き合う人の態度に関わることだ。「これが希望である」と規定したわけではない。そもそも希望は個々人違う。何か一つを限定して「これが希望」という明確な答えもでない。当然だ。
良く解らない。不可解で隠されている。それが希望だ。誰が見ても「ああ希望だ」と言えるような事は、現実であって希望ではない。既に手に入れたものは希望ではない。
「あなたの目標はなんですか」と訪ねられると「就職です」とか「自動車の運転免許を取ることです」、あるいは「家を建てることです」と答える。目標は「アウトプット」という言葉が使われるが、「出力」とか「発信」という意味。支援の現場では「出口」のような意味で使われる。困窮状態から脱する時の「出口」として「就職」が「目標」、すなわち「アウトプット」になる。達成できたか、出来なかったか。だから「アウトプット」はわかり易い。
つづく