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2026/02/08

2/8巻頭言「本当の王―尻馬に乗らないために」その④

(これは2026年の新年礼拝宣教の全文。希望シリーズは、終了後再開)
④本当の王
 しかし、「それは本当の王ではない」と聖書は言います。「馬に乗る王」は偽物であると。本当の王は馬には乗らない。本当の王は、柔和であって、子ロバに乗ると聖書は言うのです。あの日、民衆は「ロバに乗る王」を歓迎したのでした。「ロバに乗る王」を民衆がどのような思いで歓迎したのか。その事を年明けにまず考えたいと思います。
 既に申し上げた通り「ロバに乗る王」は、ザカリヤの預言に登場します。それは「柔和」を示します。ただ「柔和」には、「やさしさ」や「柔軟さ」以外に「貧しさ」や「痛めつけられた者のみじめさ」、あるいは「ふさわしくない」という意味があるそうです。
 さらに、この箇所の舞台である「オリブの山に沿ったベテパゲ、ベタニヤの附近」に注目したいと思います。「バテパゲ」という村の名前は「実らないいちじくの家」あるいは「未熟ないちじくの家」、「ベタニヤ」は「悩む者の家」という意味です。いずれもイエスの周囲にいた人々の暮らしを象徴するような地名であり、イエスはその村から「ロバの子」を借りて来るように弟子に命じたのです。そういうことを考えると「柔和」が単なる「やさしさ」を示すのではなく、悩みつつも日々を懸命に生きている民衆の日々の現実を示唆する言葉であったと私は思うのです。
 一方であの場にいた民衆の中で何人が「これはザカリヤの預言の成就だ」と気づいたでしょうか。それははなはだ疑問です。民衆が「ロバに乗るイエス」を見て喜んだのは、もっと単純にイエスが自分たちの日常生活と同じ姿、あり様で登場したからなのではないかと私は思います。
 「ロバに乗るイエス」の姿は、民衆にとって自分たちの日常の姿そのものでした。もし、イエスが馬に乗って人々の前に現れたなら彼らがイエスに親近感を持つことはなっただろうし、歓迎もしなかったと思います。何より彼らは馬に乗ったことが無かった。だが、ロバには毎日乗っている。ロバは、彼らの日常、暮らしそのものでした。
 改めてロバという動物を調べてみました。学名:Equus asinus(エクゥス・アシヌス)だそうです(知らんけど)。奇蹄目ウマ科。世界各地に生息しています。ロバはウマ科の中で最も小型で体高は90~150㎝。ウマの遺伝子は64本。ロバの遺伝子は62本。二本足らんそうです。どうりで「シュレック」(映画)に登場するロバのドンキーは少々足りないわけです。いい奴ですが。馬はヒヒーンと鳴くが、ロバは、ヒーホーと鳴くそうです(知らんけど)。ウマと比べて耳が大きくて長いのがロバ。別名「うさぎうま」と言います。ウマはしっぽ全部が毛でおおわれていますが、ロバは先の方にだけ毛が生えています(確かに!)。寿命は30〜40年。起源は六千年ほど前に野生のアフリカノロバが家畜化したそうです(知らんけど)。性質はおだやかですが、一方で気が向かないと全く動こうとしないこともあるそうです(知らんけど)。荷物を運んだり、乗って移動したりできる。寒さにも暑さにも強く、丈夫で、小柄なわりに重い物を運べる優れた家畜。ウマほど速くは走れないが、持久力があり、数日間水を飲まずに過ごすことも可。枯草などの粗食にたえる。約100kgの荷物を運ぶことができる。整備されていない道路や山道などの悪路を歩くのも得意だそうです。そんなロバは、庶民の暮らしに欠くべからざる相棒であり、苦楽を共にしてきた家族のような存在だったと思います。
(つづく)

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