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2018/03/04

中外日報第一回「困窮を支える宗教福祉ネットワークの構築を」

(中外日報は、主に仏教界の方々が読まれている新聞である。この度、四回にわたり連載で随筆を書くことになった。テーマは、宗教および宗教者が担うべき困窮者支援の在り方について。宗教がその気になれば、大きく社会は変わると信じて書くことにした。)
四回にわたり、現代社会が抱える貧困や格差、生きづらさに対する宗教の役割について考えたい。
まず自己紹介から。ごく普通のサラリーマン家庭に育った私は、中学生でキリスト者となった。大学時代で日本最大の寄せ場(日雇労働者の町)大阪釜ヶ崎と出会う。多くの人が路上で暮らし、路上で亡くなっていた。「神はどこにおられる」。答えのない問いの中で悶々とした。信仰を捨てることもできたが、その勇気は無かった。意気地なしの私は「こんな悲惨な現実にも拘わらず、神様までおられないのは困る」と考え牧師になった。人間がモノ扱いされ、使い捨てられる理不尽が「神はいてもらわないと困る」という切迫感を生み信仰を必然に変えた。私は牧師を「神を捜す仕事」と考えている。以来、苦難を生きる人々と神を捜し続けている。時折神の足跡らしきものを見つけては苦しむ人々と共に喜ぶ。
1988年以来始まったホームレスや困窮者の支援(NPO法人抱樸)の活動は今年30年目を迎え、路上から脱した人は三千人を超えた。
貧困と格差は深刻だ。1997年の貧困ライン(それ以下の収入の人は貧困と見なされる基準)は149万円(年収)だった。現在は122万円。年収が123万円の状態は貧困とは言えない。20年でこの国の収入(賃金)が減っているのだ。多くの若者が不安定な雇用に身を寄せる。その影響か、先進国で若者の死因トップが自殺なのは日本と韓国だけだ。30年間で釜ヶ崎の風景が日本中に広がった。そんな中、宗教者はどのような役割を担うのか。
3年前、国はすでに「生活困窮者自立支援制度」をスタートさせた。全国に千か所余の相談事業所ができたが、その数はあまりに貧弱。一方、国内の寺院の数は約8万。その他にも数多くの宗教施設が存在する。その一割が困窮者の窓口になれたら国の相談所の10倍程度の社会資源が誕生する。宗教者による困窮者支援のネットワーク、すなわち「宗教福祉プラットホーム」が立ち上がればどれだけの人が助かるだろうか。これは社会活動ではない。間違いなく宗教の本務だと思う。切羽詰まった現実との向き合いが、私たちの信仰(信心)を活性化させる。
(つづく)

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