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2022/02/13

2/13巻頭言「希望のまち呼びかけ文(案)」

(希望のまちの土地代の支払い期限が迫っている。いよいよ始まる。乞うお祈り)
 「人は独りでは生きていけない」。これは人の「限界」を示す言葉ではありません。これは「人は共に生きることが出来る」ことを示す希望の言葉です。人と人が助け合うのは当然であり、「助けて」と言えることが人であることの証しである。この事実の示す言葉なのです。なのに私たちは「他人に迷惑をかけてはいけない」と言い続けてきました。結果、自分が「助けを必要とする人」に過ぎないという現実を見失い、見せかけの「強さ」に自らを隠してきました。常に背伸びをしながら「つらい」とも言わず、ひきつった笑顔で「大丈夫」と言ってきたのです。私たちは、そんな日々に疲れています。「そろそろ正直になりたい」と思い始めているのです。
 希望のまちは「人のまち」です。「人がただ人として生きる」ことが出来るまちです。今、そんなまちが私たちには必要なのです。背伸びを止めて正直に生きることが出来る。困った時には「助けて」と言える。同時に「助けて」と言われる。そんなまち。それが希望のまちなのです。誰かが「助けて」を聴いてくれたなら「自分は大切にされている」と思えます。誰かに「助けて」と言われたなら「自分は必要とされている」ことを知ります。「助けて」が飛び交うまち。それが「希望のまち」です。
私たちは常に「断る理由」を考えきました。「資格がないから」「条件が合わないから」「自業自得だから」。私たちは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去ったのです。希望のまちは「誰ひとり取り残さないまち」です。「断わらないまち」は、誰にとっても「希望のまち」となります。このまちの土台は「救護施設」が担います。この施設は「措置施設」と言われ社会(行政・国)の責務として運営されます。障害者や高齢者といった枠組みを超えた「困った人は誰でも入れる」施設です。様々な生きづらさを抱えた人、困窮状況にある人、そして孤立している人が救護施設に入所します。彼らは同時に希望のまちの住人となります。ここで多くの人と出会い、癒され、つながり、人を助ける人になっていきます。
 希望のまちは何気ない日常の場でもあります。困っている人を受け入れ助ける場であると同時に、そこには日々の暮らしがあります。希望のまちに生きる人は大きな家族となって、共に生きていくのです。このまちは、出会いから看取りまでを包み込む時の流れの中に存在します。誰もが住人となれる。それが希望のまちなのです。
困窮と孤立が深刻化する日本社会において、私たちは新しい「まちづくり」に挑戦します。より多くの方々の賛同とご支援が必要です。「かわいそうな人を助ける」のではありません。私自身にとって「あるべきまち」を創るのです。背伸びせず、自分の物語を生きることが出来る。それが希望のまちなのです。そんなまちがこの世界に生まれようとしているのです。どうぞ「希望のまち」にご参加ください。そして、あなたご自身も希望のまちの住人となっていただければと願っています。

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