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2019/12/22

12/22巻頭言「僕がホームレス支援が出来た理由—クリスマスと社会的相続」

北九州のホームレス支援が始まって31回目のクリスマスを迎えた。最初は何もなかった。人もお金も、そもそも「ホームレス支援とは何か」もわからぬままのスタートだった。
30年が過ぎ、路上から自立したホームレスは3,500人を超えた。「なぜ、そのような活動ができたのか」としばしば問われる。「無から有を生み出した」ように見えるのだろうが、そんなことはない。理由は、僕の中に「相続されたもの」があったからだと思う。人は誰かにしてもらったことは他人にもすることが出来るのだ。それを「社会的相続」と言う。
僕の親父は経済成長期のサラリーマン。日々忙しくしていたが、クリスマスイブは早く帰宅し家族と過ごした。鯨のベーコンで一杯やっていた親父が、「知志、玄関でガタガタ音がした。見ておいで」と言う。行ってみると何もない。「何もなかった」と告げ食事が再開する。しばらくすると「知志、玄関で音がした。見ておいで」と再び親父。ドアを開けるとプレゼントが置いてあった。僕は「サンタが来た!」と喜んだ。物心ついた頃からこの「年中行事」は繰り返された。
小学校4年生のクリスマス。近所で遊んでいると大きな荷物を抱えた親父が帰宅する姿が見えた。子ども心に「見てはいけない」と思い塀の後ろに隠れた。親父は気づかず家に入った。その後、いつも通り「知志、見ておいで」一回目何もない。そして二回目、玄関を開けるとそこには先ほど親父が抱えていた荷物があった。「サンタは親父だった」。四年生のクリスマス、僕は「世界の秘密」を知ってしまった。ただ変に「忖度」する子どもだった僕は、「言ってはいけない」といつも通り「サンタが来た!」と喜んで見せた。しかし、親父は気づいたようで、翌年からプレゼントは手渡しとなった。
愛された僕の中には大切なものが相続されていった。いつの日か、それを他者に相続できるようになった。それがホームレス支援だった。確かにホームレス支援の仕組みは、試行錯誤の中で構築されたが肝心な部分は、僕が今まで「相続」した事を形を変えて「次に相続した」に過ぎない。僕にホームレス支援ができた理由は相続の結果だと思う。親父はすでに天国だがいつか感謝したい。
NPO抱樸は「子ども家族まるごとプロジェクト」を実施している。訪問型の学習支援と一体的に世帯を支援をする。「親だったら何でちゃんとやらないの」と言いたくなるケースが少なくない。しかし、よく聞いてみると、その親自身、子どもの頃弁当一つ作ってもらったことがないことが解る。自分がしてもらっていないことを誰かにすることは難しい。相続されていないからだ。だから、NPOのスタッフが親にお弁当のつくり方を教える。社会的創造はいつからでも起こせる。血縁や身内を超えた相続をどう担保するか。
イエスは弟子に「互いに愛し合え」と教えた。しかしイエスは一言付加する。「私があなたを愛したように互いに愛し合え」と。見事に相続になっている。今年もクリスマスを迎える。クリスマスは全人類が既に神により愛されたことを証しする時である。それを信じる者は、相続の担い手になることが出来る。メリークリスマス!

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