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2021/10/31

10/31巻頭言「あれから三年―松ちゃん、会いたいよ その㉘」

放送終了後、僕は一番に松ちゃんに電話をした。NHKの担当者ではなく、実家の両親にでもなく松ちゃんに。「ありがとう」と伝えたかった。「もしもし、松ちゃん。奥田です。番組見た?」「ああ、今、見てたよ」「この番組、すごく良かったと思う。これを見て多くの人がホームレスや困窮者への偏見や差別を改めることになると思う。それに今、大変な状況にある人が勇気をもらったと思う」「そうかな」「そうやって。それは、松ちゃんが取材を受けたことが大きいと思う。しかも、松ちゃん、顔出し名前出し受けたやろ。松ちゃんが身体を張って、自分をさらして現実をみんなに見せたこと、その決断が大きいと思うわ。僕が感謝するのもなんやけど、松ちゃん、本当にありがとうございました」。そんな僕の言葉に少し照れ笑いをした松ちゃんはこう言った。「俺が出来るのはそんなことぐらいやからなあ」。
僕は思いだしていた。松ちゃんが自立を決心したあの夜のことを。自立支援住宅入居を勧める僕に「自立か。俺はまだ元気やからええわ。どうしようもなくなったら助けてもらうわ」と松ちゃんは断ってきた。僕はそのことばを押し返しこう言った。「どうしようもなくなったら助けてっていうのは遅い。元気なうちに入居すべきや。自立するというのは誰かを助ける人になるということや。元気なうちに自立して、多くの人のために生きる。それが松ちゃんにとっての自立やと思う」。数日後、「奥田さん、わしにもできることあるやろか。入居したいと思う」と松ちゃんは告げたのだった。
その後の松ちゃんは、すでに述べた通り一筋縄では行かなかった。一年足らずの日々の中で本当にいろいろなことが起こった。「誰かのため」どころじゃない。松ちゃんは次から次へと大騒動を起こしてくれた。それは生みの苦しみのようでもあった。事件の度に僕らの中に細い糸がつながっていったからだ。それがいつか束になり、紐になり、綱になっていった。そして松ちゃんは、その絆という綱に身を任せることが出来ると確信し、遂にあのことばを実行したのだ。名前出し、顔出しで取材に応じたのは「わしにもできること」をやったということだと僕は思った。それがあの番組だったのだ。だから、あれは松ちゃんの番組だったのだ。
伴走型支援はつながり続ける支援だ。「どちらかから、どちらへつながる」といったものではなく双方向性を持っている。いわゆる「インタラクティブ」というヤツだ。だから、支援された人がある日支援する人になれる。これは希望だ。ただこれは「被支援者という弱い存在を卒業して、いつの日にか支援者という強い存在に格上げされる」ということではない。そうではなく、支援する人、支援される人が固定化されないということ。「どちらから、どちらへ」ではないというのはそういうことだ。松ちゃんは、新しい自分を手に入れた。それは「誰かのためにがんばる」という自分だ。しかし、以前からの松ちゃんが消えてなくなったかというと決してそうではない。ちゃーんとおらっしゃる、あの松ちゃんが。つながりは出番を生み出す。支援を受けて危機を脱したらおしまいということが多かった「問題解決型支援」ではなく伴走型支援は問題が解決してもつながり続ける。つながり続けていると何かの機会に出番が与えられる。人はつながりの中で自分にしかできないことに気づかされる。その日人は自分自身をつながりの糸として誰かに献げるのだ。

つづく

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