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essay エッセイ

2017/01/03

どうでもいい『いのち』などない

東八幡キリスト教会は毎年教会標語を掲げる。私が赴任した一九九〇年は「共に生きる開かれた教会」だった。まあ、そういうことでしょう。翌年が「誰が隣り人となるか―いの...

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2016/12/18

確信犯の時代におけるクリスマス

現代は「確信犯の時代」だということができる。「確信犯」は、多くの人が「悪いことだとわかっていながら行われた犯罪や行為」という意味で使っている。しかし、実はこれは...

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2016/12/16

クリスマスエッセイ「いのちに意味がある」

嫌な時代になってきているように思う。 それでもなお、私たちは、あきらめず社会を創るしかない。 何ができるかわからない。 しかし、できることは確実にやろうと...

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2016/12/11

なかま―タダシさんの祈り

 タダシさん(仮名)には家族はない。彼は原爆孤児として戦後を生きてきた。  タダシさんと初めて会ったのは十数年前。黒崎駅前の歩道橋の下、都会の隙間のような...

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2016/11/20

人は、なぜ学ぶのか

小さい頃、あまり勉強は好きではなかった。母は、結構な教育ママで良く漢字の書き取りをやらされた。それが嫌で風呂から上がってこないというささやかな抵抗を試みるも、の...

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2016/11/14

反省文

この場所を借りて「反省の辞」を述べたいと思う。二〇〇八年九月のリーマンショックの後、これまで見たことない若者が路上に出現した。これまでのホームレス者とは明らかに...

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2016/11/07

高江を訪ねて―四つの『いかん』

十月二七日沖縄キリスト教学院に招かれた。翌日高江を訪ねた。日本政府は二〇年前の基地返還計画に基づき米軍北部訓練場を縮小を決めた。その条件として高江にヘリパッドえ...

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2016/10/30

背伸びしてもいいじゃない―沢知恵はええぞ

沢知恵コンサート「かかわらなければVol.2」が開催された。昨年は、最後で号泣してしまい沢知恵に笑われた。今年は絶対泣いてやるものかと思い頑張るつもりだったが、...

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2016/10/23

私の長い一日― 出会った責任(ある雑誌からの依頼で書いた一文)

山田さん(仮名)が相談窓口に来られたのは二〇〇四年初夏のこと。年齢はすでに八十歳近いと思われた。公園の隅に自らテントを建てて暮らされていた。高齢でもあり、隣りの...

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2016/06/12

救いからの解放

現在日本のキリスト教は衰退の一途をたどっている。二〇一三年版「宗教年鑑」(文化庁)によるとキリスト教系の宗教団体数は九二七七件。信者数は一九〇万八四七九人。前年...

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